> -

 スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.08.20 Wednesday | | - | - | - | - | by スポンサードリンク

 基本情報

本堂と崖
坂東三十三観音 第十番札所 巌殿観音
巌殿山 正法寺(いわどのさん しょうぼうじ)

宗派:真言宗智山派

ご本尊:千手観音菩薩(観音堂)
     阿弥陀如来(本堂)

ご詠歌:後の世の 道を比企見の観世音 この世を共に たすけ給へや

文化財:埼玉県指定文化財   銅鐘       元亨二年(1322年)  
                    六面幢     天正十年(1582年)
      東松山市指定文化財 鐘楼       元禄15年(1702年) 
                                       明版大蔵経  中国明時代
                    中世文書   戦国時代
                                        青石塔婆   鎌倉〜室町時代
                                        銅鏡      室町時代
                    大銀杏    推定樹齢700年

住所:〒355-0065埼玉県東松山市岩殿1229
電話番号:0493-34-4156
拝観料:無料
駐車場:あり(無料)
受付:8:30〜17:00(11月から2月は16:00まで)

坂東三十三観音の第十番札所。
岩殿観音の名称で親しまれています。

 交通アクセス

 【岩殿観音 正法寺へのアクセス方法】

電車でご参拝の方:
東武東上線 高坂駅下車。
西口より 川越観光バス 鳩山ニュータウン行 乗車、
「大東文化大学」にて下車。(所要時間約10分)

進行方向に向かい3分ほど歩くと、道路の反対方向に岩殿観音の看板が見えます。
看板下のトンネルを抜けると境内です。
こちらは、裏参道になります。
※高坂駅からは徒歩では一時間ほどかかります。


車でご参拝の方:
関越自動車道 、鶴ヶ島インターまたは東松山インターでおり、こども動物自然公園(看板あり)を目指して来てください。
〈表参道より〉
動物公園の信号を右折、700メートル先の十字路を左折。表参道側に到着します。
仁王門脇の駐車場をご利用ください。
表参道は大型バスは通れませんので裏参道側をご利用下さい。

(裏参道より)
動物公園の信号を直進すると、大東文化大学を超えた先、右側に岩殿観音の看板が見えます。
看板の裏の駐車場をご利用ください。トンネルを抜けると境内です。

 見どころ◆)かな自然

 桜
桜
【花の季節】
春には境内の桜や、野山の草花もかわいらしい花を咲かせます。





【紫陽花】
梅雨の時期には境内へと続く石段を、額紫陽花が彩ります。派手さはありませんが、落ち着いた控えめな紫陽花は古寺の風景によく合います。


おなじみの種類の紫陽花もあります。バッタが一休み。見ごろは6月上旬から半ばごろ。




イチョウ夏
【大銀杏】
見上げる程大きなイチョウの木は推定樹齢700年程。写真では中々巨大さは伝わりませんが、このような大木は珍しいのでは。
江戸時代は、養老木(別名乳垂れ銀杏)といわれて、多くの女性の信仰の対象となりました。

イチョウ01
イチョウ02

秋には見事な紅葉。境内は一面黄色の絨毯を敷いたよう。
毎年多くの方が写真を撮りに訪れています。見ごろは11月下旬〜12月の上旬ごろ。
見ごろの時期には夜間ライトアップいたします。


雪
【雪化粧の鐘楼】
貴重な雪景色。



四季折々、どの季節も美しい自然の姿が楽しめることでしょう。
歴史や伝統はもちろんのこと、この恵まれた自然の風景も正法寺の魅力のひとつかもしれませんね。

 見どころ (顕什發覆

 石仏1石仏2

【石仏】
境内に並ぶ小さな石仏。全部で百八十八体あるこの石仏は、坂東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所、西国三十三ヶ所の百観音と四国八十八箇所の写し本尊といわれています。
四国八十八ヶ所をお参りしたのと同じご利益が得られるそうです。


鐘楼

【銅鐘】県指定重要文化財
【鐘楼】市指定重要文化財

 銅鐘は元亨二年(1322年)に造られたことが銘文に刻まれています。
天正十八年(1590)の豊臣秀吉による関東征伐の際に、大道寺入道政繁がこの鐘を引きずりまわして打ち鳴らし、軍勢の士気を鼓舞したといわれています。
その時についた傷が残っています。
普段は突くことは出来ませんが、毎年12月31日の除夜の鐘の際には、厳かな鐘の音を響かせています。
 鐘楼は元禄十五年(1702年)に造られたものです。
屋根は萱葺きの寄棟作りで、斗栱や天井の装飾なども極めて控え目ではあるが、往時には朱が塗られていたらしく、処々にその痕跡が残っています。

仁王像
【仁王像】
表参道を上った正面には、仁王門があり、参拝者の方々を強い眼差しで見守ってています。
運慶の作といわれていましたが、平成四年の解体修理のおりに、棟札がでて、運慶作のものは江戸時代に焼失し、
現在の仁王様は、文化年間に再建されたものと判明しました。
漆塗りを紫外線から守るため、UVカットガラスがはめ込まれています。

 年間行事

 【正法寺の年間行事】
1月1日〜3日   元朝護摩修行(護摩を焚きます)
2月3日       節分祭
3月17日〜23日 春の彼岸会
4月15日      大般若経典読
5月8日       花祭り
7月23日〜25日 盂蘭盆会
7月25日      施餓鬼会
8月9日・10日   四万六千日
8月9日       寺子屋(小学生のお子様向けに寺子屋教室を開催します)
9月19日〜25日 秋の彼岸会
12月22日     冬至祭
12月31日     除夜の鐘(どなたでもつけます)

 歴史

本堂
 【正法寺のはじまり】
 坂東三十三観音霊場の第十番札所として知られる巌殿山正法寺は、そもそも養老二年(718)沙門逸海が、岩殿の嶺の岩窟に本尊を安置し、正法庵と号したのがはじまりと伝えられています。

【悪竜退治伝説】
 その後の延暦年間(782〜805)、比企の山には悪竜が住みつき田畑を荒らし村人に被害を与えておりました。ちょうどその頃奥州征伐に向かう途中の、坂上田村麻呂の耳に悪竜退治の話が入ります。村人の願いもありこれを退治することになりました。 
 田村麻呂が巌殿山の千手観世音に祈願したところ、旧暦の六月一日、炎暑にもかかわらず一夜のうちに大雪が降ったといいます。積もった雪景色の中、一箇所だけ雪の積もっていない箇所を発見した田村麻呂は、これぞ目指す悪竜の住処と定め観音様授けの矢を放ちます。矢は見事悪竜に命中、討ち取ったということです。
 村人たちは大いに喜び、門々に小麦の殻で焚き火をし、兵士達の労をねぎらい、観音様に小麦のまんじゅうを奉納しました。このまんじゅうは「しりあぶりまんじゅう」と呼ばれています。
田村麻呂のこの霊験が伝わり、延暦十五年(796)桓武天皇の宣旨を賜り、堂宇六十余坊を擁したということです。

【源頼朝ゆかりの寺】
 鎌代時代には、北条政子の守り本尊として、源頼朝の庇護のもと比企能員が復興、一山六十余坊を擁し、坂東三十三観音霊場の第十番札所の命を賜りました。能員が北条時政のために自害をせまられて死去すると、その嫡子時員は追手を逃れて出家し、この寺を守りました。

【室町時代以降】
 のち室町時代にはおおいに栄えたものの、永禄十年(1567)松山城合戦の兵火で焼亡、一山の僧徒は離散してしまいます。その後天正二年(1574)僧・栄俊が中興しました。

 天正十九年(1591)徳川家康により二十五石の寺領を賜ります。   
 院室を兼帯(寶光院・修善院)し、観音霊場参りの巡礼者でおおいに賑わいました。
境内には茶店が立ち並び、門前は巡礼者のための宿屋や商い屋で栄えました。

 寛永年間に失火により諸堂を焼失しましたが、法印恵日により再建。
降って、明治十一年火災により観音堂焼失。
現在の観音堂は明治十二年に高麗村白子(飯能市)の長念寺から移築したものです。

Check
| 1 / 1 |

*カテゴリー一覧

*個別記事

*月別に読む

記事の検索

リンク

当サイトはリンクフリーです。

スポンサーリンク